2008年3月18日発表

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路地裏日記をお休みします

皆様ご機嫌いかがでしょうか。陽射しも随分と柔らかみを増し、いよいよ春、という季節ですね。ここに記録する文章はこれまで熱心に僕の日記を読んでくれていた方々に対しての挨拶代わりになれば、という程度のモノです。また赤い疑惑の今後を心配してくださるファンの方々へも何か伝えられればいいなと思っています。

ブログでなくて

僕は恐らく3、4年前から赤い疑惑のホームページ上で日記を、ブログというカタチで掲載してきました。もともと文章が好きで学生時代から好んでフリーペーパーを発行したりしていましたから、文章で表現したい、という欲望は人一倍強いのだと思います。これは恐らく筆まめの父の影響でしょう。

赤い疑惑のホームページを友人が作ってくれた時は非常に嬉しかった。その友人は親切にも、web素人の僕らでも更新作業が簡単にできるようにブログスタイルのページ作りをしてくれました。しかしそれまでは自分の文章を人に読んでもらうということはとても大変なことでした。それでも僕は文章を書きたかったし、人に読んでもらって感触を確かめたかった。それでどうしていたかというとフリーペーパーを発行して不特定多数の人に配って読んでもらったりしていました。甚大な労力を費やして原稿を作り、レイアウトを切り貼りで構成し印刷機で印刷して、それでやっとフリーペーパーが完成してそれをすべて手で配る。またはCD屋さん、古着屋さんなどに置いてもらったりしました。面倒な手間でしたが、僕はマメな性格のためかその作業には頑張り甲斐を見いだし続けていたのです。単純に楽しかったという部分もあるし、その頃は時間がいっぱいあったし、希望もいっぱいあったのです。

ブログで自分の文章を公開できるようになってから、僕は嬉々として自分の文章を次々と発表していきました。好きな時に好きなだけ書いて発表できる。しかもそれをすぐに誰かが読んでくれる。これは画期的なことでした。ブログが流行り始めた頃、きっと同じような気持ちで興奮していた人も少なくないのではないでしょうか。

ブログが忽ちのうちに巷の常識になっていったことは今振り返ってみると意外な気もします。自分の文章を人に読んでもらいたいという傲慢な考え方は、それこそ自分のような変わり者が抱くものに過ぎず、隠蔽体質の日本人にここまで普及したのは驚きです。このブログの普及は僕にとっては「何だか妙な感じ」をもたらしました。同時に「嫌だな」と思ったのです。その理由は恐らく、みんながブログをやれば自分のやっていることがみんなと同じになってしまう。そういう気持ちからだったと思います。僕は小さい頃から人と同じことをするのが嫌いで、どうしても変に奇をてらう性質があるのです。その面倒くさい性質は歳を重ねるにつれて薄まっていきましたが、これは性分ですから死ぬまで消えることはないでしょう。

ブログブームは嫌でしたが、ブログブームを批判している訳ではありません。このブームが暗示しているのは恐らく人間が根本的に持つ連帯精神の表情ではないでしょうか。だれかと繋がっていたい。誰かが僕(わたし)のことを気にしてくれている。勿論単純にコミュニケーションの補助ツールになっていることは否めない事実だと思いますが、奥底には人間の寂しさが潜んでいるのではないでしょうか?これはミクシなどが流行ることでも顕著になっているように思います。僕らは戦争で殺されることもなかったし、喰うに困ることもなかった。だから誰かと繋がっていなくても心配いらないはずなんですが、そうもいかない。僕らの時代には僕ら特有の漠然とした不安があるはずなんです。だからその得体の知れない不安に対抗する為にブログは格好の武器になりえたのではないでしょうか。

僕もその現代人の一人で、誰かが読んでくれているというステータスはとても勇気の湧くことでした。しかし人と同じじゃ嫌だという性質は変わりません。それでとにかく他の人のブログとは異質のものにしようと意気込んだのです。日記というスタイルについてもいろいろ考えましたし、登場人物や台詞についてもいろいろ考えながら実験しました。実験しました、というのは僕はプロではないので、文章を人に読ませるということがどういうことなのかまだあまり分かっていないのです。だから試し打ちという感じでいつも書いているのです。

僕の日記は赤い疑惑のファンの方を中心に読まれました。そして多くの方に「とても面白い」との評価を頂くようになり、僕は調子にのって(よし、どんどんアップしていってやろう)とさらにエンジンをフかしたのです。文章量もそれに伴いどんどんと増えていきました。この僕の日記は何故か父親に読まれていたのですが、文章の鬼、とでも呼べそうな父に「なかなか面白いじゃないか」と評されたことは一番嬉しかったことかもしれません。

赤い疑惑のライブをやると対バンのバンドの方や、ファンの方や、多くの友人が「日記の更新楽しみにしてます」と応援してくれるようになり、僕は嬉しくてもう一度気合いを入れ直しました。しばらくはその言葉が後ろ盾になり更新も捗ったのですが、いつからかその「日記の更新楽しみにしてます」が妙なプレッシャーになってきた。そういう内容の日記も書いたりしたのですが、どうもそのプレッシャーは解決されぬまま、どんどんと日記の更新が面倒な気持ちになっていきました。どうも責任感で書いているような気分になったりするのでした。

(これはおかしいぞ)と思いました。本来ならいくらでも文章を発表したかったはずだし、実際に文章が好きなのです。しかし全く書く気になれない。それでもう一度よく考えてみたら、少し思い当たることがありました。それはブログの持っている性質です。たいした発見ではありませんが、そこに辿り着いた時、それまで何となくモヤモヤとしていたことに急に晴れ間が訪れたような気持ちになりました。

僕が、これは落とし穴じゃないか、と気づいたブログの性質というのは「早さ」でした。書いた瞬間にアップされるあの感覚です。僕はフリーペーパーを作っていた時の、文章に対しての溢れ出るようなパッションを思い出しました。人に読んでもらう為に必要だった苦労を思い返しました。あの苦労を乗り越えてまでも僕は発表することに夢中だった。そう、そこには文章を書いてから発表するまでの吟味の時間が存在していた。当たり前のことなんですが、そこに「ハッ」とさせられたのです。煙で燻すとか、熟成させる、などの言葉がしっくりくるような気がするのですが、僕がブログに文章をアップさせる経緯にはそれがありませんでした。そこには自分の「書きたい」よりも「読者の期待に答えたい」や冒頭で述べた「誰かと繋がっていたい」という、今の僕にとっては不純な要素が潜んでいるような気がしたのです。

またブログを休止するのに決定的な事件がありました。それは今述べたことにも大きく関わってくることですが、僕の文章の影響力に関わる事件でした。影響力なんて書くとまた大層なことのようですが、そうではなく、これは常識の世界の話かもしれません。僕の日記にはたびたび同居人の香代という人物が登場します。もちろん同居人なのですが、ある日アップした僕の日記の中での香代に関しての描写を読んで香代が憤慨したのです。久しぶりの般若の形相の香代に僕は尻込みました。このようなことはこれまでなかったことで、僕はもちろん香代を怒らせようなどというつもりはなかったのですが、人を傷つけたことは事実でした。僕は香代に申し訳なく思い、その日記をすぐに削除しました。そしてそれからブログの休止を決意しました。

それより以前にも似たようなことがありました。僕の日記の中には友人が固有名詞で出てくることがたびたびありました。それはもちろん僕も意識してやっていたところもあるのですが、ある日、僕の携帯に僕の日記の読者でもある友人から電話が入り、唐突に「オレの名前、フルネームはちょっと困るわ」と陳情してきました。すぐに僕は彼の名前をフルネームで日記に記したことに気付き、すぐに彼に謝り、そして彼の名前をそっくり消して再度アップしたのでした。

間抜けな話しのようで、何を今さらと皆さん思うかもしれませんが、先にも述べたように僕はプロではないのです。僕は一般的な文章表現の中で「N氏」とか「Sさん」とか名前を伏せたりするのはどういうことなんだろうと真剣に考えていました。直接の名指しを避ける意図も何となく分かるような気はしますが、そのように匿名にしないで固有名詞で書かれる文章も多くある。その違いは何なんだろう。名誉やプライバシーを侵害する文章は書いてはいけない。僕の緩い脳みその中ではそれくらいの常識しかありませんでした。それに、僕は固有名詞が出てくるようなエッセーを読むのが好きでしたから、それを自分の文章で実験していたのです。もしそれで問題が発生したらすぐに取り消そうと思っていたのです。この辺はほとんど検閲のない世界であるブログの恐ろしいところかもしれません。だから友人に指摘された時も香代に指摘された時もすぐに訂正しました。やっぱりこういうことが起こるんだな、という複雑な気持ちになりました。結果論、迷惑をかけてしまった人には申し訳ないですが、文章表現の難しさを身体で感じることができてよかったと思いました。それと同時にもう一度ブログと文章表現のことを見つめ直そうと思いました。

休止であり、またすぐに始めるかもしれません。しかし今回の思案があって、実は以前から目論んでいた自費出版の野望もまたメラメラと湧いてきました。web上ではなく今度は自分の文章を本にしてみたいなと前々から思っていたのです。

じゃあこのページはブログじゃないのか、という突っ込みが入りそうですが、これは特設ページということにします。何かまとまってお伝えしたいことがある時に発表しようと思います。それにしても文中に何度も出てきましたが「ブログ」って響きにすっきりしない感じがあるのは僕がひねくれているだけでしょうか。これはウェブログの略でブログというのだといいますが、俗っぽく響いてしまうのは何なんでしょうか。

赤い疑惑の動向・新音源のこと

そんなものはトップページに書け、とまた突っ込まれそうですが、プロフィールページもすっかり古い情報のままであるし、赤い疑惑の現在地をもう少しお伝えしようと思います。

2004年にアルバム『東京フリーターブリーダー』を発表してから長い月日が経ちました。このアルバムはそれまでのショボい活動履歴または初の自費制作音源という面から考えてもなかなか評判になりました。赤い疑惑の出身地であるパンクシーンで主に話題になりましたが、表題曲の「東京フリーターブリーダー」で唄ったフリーターの気持ちが思わぬところで反響を読んで、新聞に取り上げられたり、現代の労働歌として評価されたりしました。僕はそういう予想外の反響が出始めたとき(おっ)と思いました。(これで音楽での道が切り開けるかもしれないぞ)と思いました。

しかし世間はそんなに甘くありません。僕らはそれまでと一切何も変わらない活動を地味に続けるだけでした。インディーレーベルから「ウチから出しませんか」とお誘いを受けることもありましたが、あまりメリットが感じられなかったので断りました。(メジャーから話しがきたら真剣に話を聞くぞ)などと腹の中では期待して待ちましたが、メジャーがこんなちんけなバンドにアプローチする訳はありませんでした。今の日本の流行の音楽のことを冷静に考えれば、ありえないよな、と自分でも納得してしまいます。

その代わり僕ら赤い疑惑の情熱むき出しのライブは一部のロックファンに熱烈に歓迎されました。またライブハウスの人間にも受けがよく、「またウチでやってください」とか声をかけられることがしばしば続きました。以降ライブのオファーが急激に増え、僕らは深く考えずに毎週末のようにライブをやるようになりました。「地道に頑張っていこう」「やっぱ人情のバンドでしょう」などという昭和魂をクラッチと確かめあったりしながら、東京以外の地でも誘われるままにライブをやっていきました。

地道な活動はもちろん無駄ではなかったのですが、ライブをやりすぎるおかげで新しい曲が作れずに悶々としました。今度は赤い疑惑の活動がブログの日記の更新のように妙に責任感めいたものになり、同時に既存の曲を演奏するモチベーションも薄まってしまいました。そのため昨年2007年の頭からライブ活動の休止を決意し、新曲作りに入りました。

僕はその間に脱フリーター宣言をして周囲を驚かせましたが、宣言した割にその後の就職活動はスムーズにはいかず、浮き沈みの激しい期間を過ごしました。その浮き沈みに比例するかのように音楽とバンドに対する自分の価値観も大きく揺れました。絶望的になったりすることもあれば、(ああ、だからやっぱり音楽は素晴らしいんだ)と閃いたように思う時もある。こういうことはいままでになかったことです。それまで僕は「最終的には音楽がすべてだ」という、口には出さないが心のどこか片隅で、頑として動かない信念のようなモノを持っていたのです。

何故「音楽がすべてだ」というような意志が崩れていったのか、それは振り返って考えてみると、母のガンのことがきっかけになっている気がします。母は3年前に亡くなりましたが、その出来事はあまりにもショックなことでした。今では冷静に思い返すことができますが、僕は生まれて初めてどうすることもできない大きな力を知りました。恐らくそのことがあってから僕の人生の価値観が根本から揺るがされたのです。それは自分でも感じない訳にはいかない強い力でした。

価値観が崩れたには違いありませんが、「音楽がすべて」ではなくなった僕にとっても音楽は常に囁き続けました。それは必ずしも爽快な感覚ではありませんでしたが、母の闘病中の精神を支える力にはなり得ました。今までとは違う角度でしたが僕はやはり曲作りや作詞を続けました。そうしたことで自分を落ち着かせることもできたのです。

母が病気になったことをきっかけに僕の中で家族という存在が急にリアルな恐ろしい怪物のように迫ってきました。怪物のように迫ってきたというのは、それまでの自分が「家族」という存在をなるべく遠ざけようとしていたからだと思います。僕は迫ってくる怪物と現実に眼を背けたくなかった。だから挑むような気持ちで家族と接し、それを音楽にもぶつけてみようと思ったのです。

そういう訳で現在制作中の新しい音源にはそのようなエッセンスが詰め込まれています。ルーツ探索という程年をとってもないし、そこまでのミュージシャンではありませんが、面白い音源ができそうな予感がしています。また、ライブ活動も、アルバムがリリースまで辿り着くまでは、控えめにですがやっていきますので、応援いただければと思います。

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